世田谷で9体の阿弥陀さまに会う・九品仏浄真寺

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お祭・催事
九品仏浄真寺本堂

九品仏浄真寺本堂

今週、ストロベリー・ムーンが見られるということで北米ではずいぶん話題になっていた。太陽と月の位置関係から、北半球ではこのピンク色がかったお月さまは年に1度見られるのだが、2016年は夏至と満月が重なるという49年ぶりの暦だったそうで、一層盛り上がったらしい。考えてみると日本はあんまり夏至で盛り上がりを見せることがない。冬至はカボチャやら柚子などがスーパーにならんだりするのになんでだろう。やっぱり、農耕民族だった日本では、田植えの季節は忙しかったんだろうか。

「おめんかぶり」の当日は本尊から回向棒に紐が渡される

「おめんかぶり」の当日は本尊から回向棒に紐が渡される

夏至より大事なお盆かな

もちろん、このあとすぐに日本ではお盆という大きな行事が控えているため、宗教と結びつかない夏至は余計と忘れがちになったのだろう。ちなみに会社のお盆休みや町内の盆踊りは8月が多いが、行事として「お盆」、仏教的に言えば「盂蘭盆施餓鬼会」と呼ばれる行事は7月15日(もしくはその前後の休日)に行われるのが一般的である(もちろん8月15日に行う地方もある)。
よく日本人は無宗教だと言われるが、宗教と結びつかないイベントはなかなか浸透・発展しない。むしろ、どんな宗教にでもつながっているものは、どんどん取り込まれていく不思議な民族である。
さて、会社がお休みをくれるほどの「お盆」という行事、日本人はどれほど認識しているだろう。お中元を贈るのもお盆の風習のひとつなのに。

上品堂。お堂の中には3体の阿弥陀さま

上品堂。お堂の中には3体の阿弥陀さま

できれば中品くらいでお願いしたい…

人は死ぬとどうなるのか─。これは生きている人間は常に考えている問題のようである。宗教にはほとんどの場合「あの世」という概念がある。死んだ後の世界のことだ。仏教では、そこへ行く(往生する)時に生前の行いなどからあの世での扱いも9段階に分かれているとされている。まず大きく「上品(じょうほん)」「中品(ちゅうぼん)」「下品(げほん)」の3つに大別される。そして各品がまた「上生(じょうしょう)」「中生(ちゅうしょう)」「下生(げしょう)」に分かれる。つまり、9段階の一番上が「上品上生」、一番下が「下品下生」。どのランクに位置するのかで、死ぬとお迎えに来るものも連れて行かれる方法も違うらしい。簡単に言えば、映画「ゴースト」や「ハムナプトラ」などで悪人が死ぬと、黒い影に連れて行かれたシーンがあったが、あんな感じで死んでも辛そうなイメージだということだろう。

参道正面の仁王門

参道正面の仁王門

平成の大修理中の九品仏

この9段階のことを九品(くほん)といい、それぞれの階層を担当する仏さまをまとめて「九品仏」という。この9体がすべてそろっているお寺が実は東京・世田谷にある。正式名は「九品山 唯在念仏院 浄真寺」という浄土宗のお寺で、東急大井町線の駅名にある九品仏駅(ホームが短くて全部の扉があかない…)の名前の由縁である。日本全国見渡してもこれだけ立派な仏さま全部が揃っているお寺は、あとは京都の浄瑠璃寺くらいなのだそうだ。
実は9体の阿弥陀如来さま、2年前から大修繕中である。これは本堂の釈迦如来と合わせて2034年まで続く大事業となる。中品の仏さまから開始されたのだが、7月13日から修繕の完了した仏さまの特別公開が行われることになっている。私が訪ねた時には、中品の阿弥陀さまがお出かけ中だった。戻られたら早速参拝に行こうと思っている。

「おめんかぶり」の日だけ登場する渡り廊下

「おめんかぶり」の日だけ登場する渡り廊下

3年に一度の「おめんかぶり」

浄真寺が何より有名なのは「おめんかぶり」(正式名は二十五菩薩来迎会)という3年に一度行われる祭事だ(下記注釈参照)。阿弥陀さまが25人の菩薩を従え、臨終の魂を迎えに来る─という姿を菩薩のお面をかぶった檀家さんたちが実際に見せてくれるものである。前回(2014年)までは、8月16日に行われてきたのだが、近年の猛暑を鑑みて、次回(2017年)からは5月5日に行われるようになったのだとか(暑い夏に、あの姿で歩くのは大変である。加えて檀家さんたちもお年の方も多いだろう。無理もない…)。
日にちが変更になったとはいえ、これもお盆の行事であることは間違いない。

ここをお面をかぶった檀家さんたちが渡る

ここをお面をかぶった檀家さんたちが渡る

お城の跡地に建つお寺

浄真寺は、元々奥沢城の跡地に、江戸時代初期に開山されたお寺である。世田谷という土地にありながら、今も広大な境内を維持し、お城の城壁の跡すら残している貴重なお寺といえる。檀家さんたちがしっかりと支えていることも大きいのだろう。
まず境内に入ると、1700年代末期に建てられた紫雲楼(仁王門)が目に入る。楼上には「おめんかぶり」に登場する阿弥陀如来と二十五菩薩が安置してある。これより先は彼岸(浄土)であるという意味だ。山門手前には、六地蔵と閻魔大王と葬頭河婆(奪衣婆)が祀られた閻魔堂がある。ともに地獄で出会う仏さまたちだ。山門脇の開山堂は、開祖・珂碩が祀られている。ここにある九品仏と本尊の釈迦如来はこの珂碩作のもので、九品仏を完成させたのは大島村(今の墨田区大島)だったのだが、洪水のためこの地へ移ってきたという。余談だが、この洪水でずいぶんいくつものお寺が山手線の西側へ移転してきている。お堂の仏像も珂碩自らが彫刻した珂碩像で、安産・厄除け祈願が多い。
開山堂の脇には三十三観音の石仏が並び、観音堂が見える。お堂の中には不空羂索観世音菩薩が鎮座していた。関東では珍しい。

「おめんかぶり」の日には仁王門の上部の扉が開かれる

「おめんかぶり」の日には仁王門の上部の扉が開かれる

本堂よりも三仏堂がメイン

山門をくぐると左手に十二支を刻んだ鐘楼が、右手に本堂の側面が見えてくる。山門の正面にあるのは本堂ではなく、下品堂なのだ。
本堂の正面には、九品仏が3体ずつ納められているお堂が3つ並んでいる。右から中品堂、上品堂、下品堂で、それぞれのお堂の右から中生、上生、下生の阿弥陀さまが鎮座している。正直都内でこれだけ大きくて立派な大仏を拝める場所はそうそうにはない。しかも東京、拝観料などは取られない。もちろん9体の仏さまのお顔も印相(手の置き方)もすべて異なる。そして上品堂の正面には釈迦如来が鎮座する本堂がある。この本堂と上品堂の間に橋をかけて行われるのが「お面かぶり」なのだ。つまり上品の人の極楽浄土行の姿という意味なのだろう。阿弥陀さまだけでなく25人の菩薩さままでがお迎えにきてくれる─お盆にふさわしい行事である。

江戸名所図会の「九品仏浄真寺」

江戸名所図会の「九品仏浄真寺」

浄真寺は江戸名所図絵では7ページにもわたる説明がされているほどで、図絵に描かれているほとんどに移動はない(開山堂だけが移動したようだ)。このほかにも境内には、願い事を叶えてくれる「星の井」、曼荼羅堂があった場所には五社大明神が、仏足石や心地池、古くから伝わる伝説など見所は満載だ。
けれども九品仏の本当のすごさは、名所図絵を参考に出かけてもよいくらいにそのままの境内が残せた、お坊さまと檀家衆の心なのかもしれない。

注/前回(2020年)のおめんかぶりはコロナ禍のため中止となりました。
その後、3年に一度だった祭事は4年に一度と変更になり、2024年5月5日の「おめんかぶり」は
2017年以来、7年ぶりの催行となります

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