先日、久しぶり会った姪っ子の部屋に「鬼灯の冷徹」というマンガが置いてあった。しかも、マンガの舞台は地獄で、コドモに理解できるのか??というくらいこむずかしい内容だった。私はいきなり「鬼灯」がすぐに読めなかった。浅草寺では「酸漿」って書いてあったけど、深大寺じゃあ「鬼燈」って書くんだから、「ほおずき」って連想できてもよかったろうに。ところで「ほおずき」はなぜ縁起物として扱われるようになったのだろう。

浅草寺の雷除守
江戸時代に大ブームとなった「ほおずき市」
7月10日は、観音さまの縁日「四万六千日」である。元々は千日参りという神社やお寺に千日参るという詣を、1日で千日分の効果があるとして始まった行事である。
この千日参りが観音さまに限り四万六千日分の効果があると、江戸時代にパワーアップした。豪快な江戸っ子らしい。
その上、7月10日の一番に参拝したいと人々が押し掛けたため、7月9日も「四万六千日」が追加されたのだとか。気が短いというか、思い立ったらいてもたってもいられない江戸っ子気質がよく表れている話である。
この「四万六千日」に、ほおずきを売る店がたくさん集まり、今の浅草寺の「ほおずき市」ができあがっていったのだ。私は、ずっと観音さまの功徳日とほおずき市が関係しているのだと思っていた。でも正しくは「ほおずき市」は夏の風物詩、というだけだった。

愛宕神社のほおずき市
お盆の飾りには必須アイテム
元々「ほおずき」は、仏教的な側面が大きい。ほおずきの赤い実の形が提灯に似ていて、お盆に死者が戻る際の道しるべになるようにと、仏壇などに飾られてきた植物である。冒頭の「鬼灯の冷徹」にもそのように説明がちゃんとされていた。主人公の閻魔大王の補佐官である鬼神の名前が「ほおずき」なのだ。あの世からの道しるべというより、あの世へ(厳しく)引き立てていく役として描かれていた。
それが、浅草寺の功徳日の縁起物として扱われているのは、「ほおずき」が薬としての効用があったためだろう。ただし、堕胎薬としても使われていたことから、妊婦には劇薬である。
元々、この「ほおずき」を寺社と結びつけたのは、愛宕神社である。愛宕の神さまが、「ほおずきを水で鵜呑みにすると、大人は癪を切り、子どもは虫の気を去る」と夢枕に立たれたことから、「ほおずき市」が愛宕神社で開催されるようになった。

土砂降りですぐそばのスカイツリーすら見えない
鈴子、土砂降りの浅草寺に行く
雨の中、今年はどこの「四万六千日」に行こうか悩んだあげく、やっぱり浅草寺に行った。雨のせいか、翌日は天気が回復する予報のためか、60万人の人出があると言われる「浅草寺のほおずき市」としては、人は少なめだった。日本人よりもむしろ海外からの観光客のほうが多いように感じたくらいだ。
しかも、「四万六千日」しか授与されない「雷除け」を受けている人は少なく…、雷を除けるためだけのお守りじゃないんだよう!!みんな〜〜。(心乱れることに遭遇しても対処できるよう、とのお守り)
昨年行った護国寺や駒込大観音(光源寺)など観音さまを祀るお寺でも浅草寺と同じ日に、「四万六千日」が行われている。また、愛宕神社の千日詣りはもう済んでしまったが、六本木の朝日神社は7月10日と11日、深大寺の鬼燈まつりは7月18〜20日である。
だんだん、観音さまの功徳日とほおずき市のつながりがあいまいになっていく…。酉の市みたいなものだ。
しかもこのところ、閻魔大王とほおずき市も結びつき始めている。これは…マンガの影響か!?

朝日神社のほおずき市
子どもの頃、ほおずきの実の中を皮を破らずに上手に出して草笛(?)を作った。せっかちな子は、実を柔らかくできずに直ぐに破いてしまうのだが、根気のある子はほんとうに上手く作っていた。私は、超せっかちだったので、一度もちゃんと中身を出せた記憶がない。クラスで一番おとなしかった女の子が一番の人気者になる季節だった。大人になった今は、ちゃんと出せるようになった。音は未だにちゃんと出ないけど…。ほおずきを見ると、今でもその子のことを思い出す。
そして、姪のせいで、鬼灯に案内されて閻魔大王のいる地獄に行くのだけは、勘弁してもらいたい、という思いも加わった。
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