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厄除け

「祟り」は怖くないの? メディアの人たち

昨今のマスメディアを見ていて思うのは「死の穢れ」というものに対する無頓着さである。言い換えれば、昔の人は非業の死──つまり天寿を全うした死以外のすべて──を遂げた人たちの恨みを恐れた。ましてや、有名どころで言えば菅原道真、崇徳天皇、早良親王(崇道天皇)、平将門など讒言・策略などによって貶められ、自死あるいは憤死した人たちの怨霊を激しく恐れた。
商売繁盛

日本人の美徳は二宮金次郎さんに集約されて

勝海舟が「あんな時勢には、あんな人物が沢山出来るものだ。時勢が人を作る例はおれはたしかにみたよ」と言った人物がいる。あんな時代とは幕末で、日本中が飢饉に見舞われて、物価の急上昇と混乱の中財政を立て直し、市井の人たちの生活を助けた人物がいた。それが金次郎さんこと二宮尊徳、昔の(小)学校にはほとんど銅像が建てられていたが、今はどうだろう。
お祭・催事

日蓮が残した全国の美しいお寺たち

10月13日は日蓮の命日である。日蓮は、鎌倉時代の高僧で日蓮宗の祖であり、なかなか波乱に富んだ人生を送り60歳で没した。(今の我々から)考えてみれば、短い人生であるが、幾度も生命の危機があり、むしろ病死とはいえ、よくぞ寿命をまっとうできたものだという怖いもの知らずの生きざまだった人物である。
雷除け

雷さまは除けられる?

不思議なことに、古来日本では雷を操ることのできるお坊さまたちがいく人もいた。一般人向けとしても浅草寺の四万六千日で授与されるお守りに「雷除け」というものがあるし、「くわばら、くわばら」という言葉は雷除けの呪いと言われている。 何千年の昔も今も、雷を予知することも事前に避けることも難しい。
国宝

日本近代郵便の父の眠るお寺には運慶仏像が鎮座

実は、私がこのお寺を参拝した理由は前島翁とはまったく関係ない。寺宝の仏像を拝顔するために電車とバスを乗り継いで、品川駅から1時間30分もかかる横須賀まで出かけたのだ。先週ご紹介した燈籠坂大師の方が、直線距離ならば品川駅よりもはるかに近い。
五穀豊穣

新嘗祭の始まりは11月の卯の日

11月は、「文化の日」と「勤労感謝の日」と祝日が2日あって、子どもの頃は休みが多い月で嬉しかった。だが、よく調べてみると、3日は明治節、23日は新嘗祭と、どちらも天皇に関係のある祝日で、戦後なんだかわからない名前に変えられた日だった。加えて新嘗祭に至っては、新暦への移行と同時に本来、祝うべき日すらも動かしているいる。
病気治癒

山寺の石段を登り切るとそこは絶景だった

円仁が開いたお寺の中でも、特に有名な東北地方の4つの寺は四寺廻廊と呼ばれ、俳聖・松尾芭蕉も訪れたとして知られる巡礼地となっている。 4寺とは岩手の中尊寺と毛越寺、宮城の瑞巌寺、山形の立石寺を指す。いずれもそれだけで有名な古刹ではあるが、今回は私が先日参拝した立石寺について書いてみたいと思う。
勝運

増上寺、11年ぶり公開の山門からの景色は江戸時代そのまま

徳川の菩提寺は浄土宗のいくつかのお寺です。代表的なものとしては、家康が三河を本拠にしていた頃は大樹寺を、江戸入りしてからは増上寺も菩提寺に加わりました。その後、政治的な流れの中で、天台宗の寛永寺も徳川家の菩提寺となり、江戸城の鬼門側を寛永寺が、裏鬼門側を増上寺が守護することとなるのです。そして家康(久能山と日光の東照宮)・家光(輪王寺)・慶喜(谷中霊園)の3人以外、歴代の将軍のお墓が増上寺か寛永寺に作られました。
女性のためのご利益

美しく生まれ変わった宝珠院を今さらご紹介…と

実は先日、増上寺を訪れた際、驚きの発見をした。この日、次の約束があったので、浜松町側ではなく、神谷町駅から電車に乗ろうと東照宮を参ったのちに裏側に出たのだが、そこには、かつてのお堂ではなく美しく建て替わった宝珠院があったのだ。それを見て、自分でもびっくりするくらい、それを知らなかったことにショックを受けた。
干支からの受益

来年2023年の「癸卯」とはどんな年?

さて、今年も残すところ3週間余り。来年は卯年、その中でも癸卯(みずのと・う)にあたります。卯年は株価などが跳ねる年とも言われますが、癸卯の年はいろいろなものが歴史的に「精算され生まれ変わる」という年回りであるとも言われてきました。 前回の癸卯の年、1963年の出来事を見ると、いろいろな会社や都市が分裂・合併したり、画期的なものが誕生しました。
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