金運

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お祭・催事

「一陽来復」の意味を考えてみる

昨日(21日)は冬至だった。北半球では1年で一番お日様が顔を出す時間が短かい日のことである。古代の暦では、この冬至を一年の始まりとしていた時代もあるそうだ。現代の暦では、ほとんどが年の瀬の区切り仕事で大わらわになっている時期なのだが、実は冬至は運を開くには大事な日なのである。
金運

中華街にある異国のお寺

実はこの暑い最中、横浜の中華街に行ってみました。一緒に行った友人は「ずいぶん変わった〜」と言っていました。私はあまりに久しぶりだったので、昔の記憶がほぼなく比較できるベースがないのでなんとも言えませんが、ただ鎌倉のように「食べ歩き」のお店が激増している感じと、そのせいか若い人がとても多かったですね。また、世界情勢のせいか、「台湾人のお店」であることを強くアピールしている店舗が多かったようにも思います。
勝運

秀吉を天下人にした三面大黒天とは?

お盆明けのすぐの今日、8月18日(旧暦)は豊臣秀吉の命日である。秀吉を祭神として祀る京都の豊国神社では、新暦で読み替えられた9月18日を命日として例大祭が行われているが、8月18日は太閤忌としても広く知られている。
お祭・催事

鈴子にとっての不忍池辯天堂

9月29日は、寛永寺不忍池辯天堂の巳成金でした。昨年は午後からの参拝だったので人出も多く落ち着かない気もしたので、今年は張り切って早朝から出かけてきました。朝6時すぎたころにお堂へ到着したのですがすでに行列が! 年に一度、ご本尊がご開帳されているお堂への昇殿の列です。…どうしようかなぁ、と悩みましたが今日は正面からのお参りだけで帰ることにしました。9年前は昼間に来ても昇殿も難しくなかったんだけど…と思いながら。
勝運

増上寺、11年ぶり公開の山門からの景色は江戸時代そのまま

徳川の菩提寺は浄土宗のいくつかのお寺です。代表的なものとしては、家康が三河を本拠にしていた頃は大樹寺を、江戸入りしてからは増上寺も菩提寺に加わりました。その後、政治的な流れの中で、天台宗の寛永寺も徳川家の菩提寺となり、江戸城の鬼門側を寛永寺が、裏鬼門側を増上寺が守護することとなるのです。そして家康(久能山と日光の東照宮)・家光(輪王寺)・慶喜(谷中霊園)の3人以外、歴代の将軍のお墓が増上寺か寛永寺に作られました。
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